直感不信の変化

IMG_2277

まだ何も知らない子供の頃なんて、思いの向くままにやりたいことを好きなだけやる。それが、いつしか社会の「当たり前」や「みんなに認められること」を気にして生きるようになる。期待、制約、規制、と一気に想像力を広げるのを妨げるような感覚に陥る。

—あれ、わたしが本当にやりたいことって何だろう?

そんな中、2017年は私にとって転機の年となった。やりたい事が見つかった、というより、いかに自分が本当の心の声を抑えて偽りの「やりたい事」で上書きしていたのかに気がついた。

「日本を出れば自分のやりたい事ができる」

19歳の私、やっと自由になれると思ってアメリカに渡った。しかし実際のところ、選択肢が増えた事以外あまり変化が見られない。環境は変わったけど、自分は変わろうとしていなかったのだ。言い換えれば、環境が変われば自分自身も劇的に変われると思っていた。

あらあら、飛んだ勘違い。

それに気がついた時、改めて変化する事に意識を向けなきゃ、と頬を叩く。…..でも、変わるって言っても何がダメなの?具体的に何を変えるの?

さあさあ、ここからが長かった。

やりたいと思ってやろうとしていた事はほとんど、人からやったほうが良いと言われていたり、将来の収入を意識して決めていた。厄介だったのは、実際そうでもないのに「本当にやりたいコト」と自分自身を洗脳していたのを暴く工程。しかし不思議と、人間の身体はそこまで乗り気ではない選択をすると、積もりに積もってモヤモヤを蓄積できなくなる。

思考が停止する、

ニューロンがストライキを起こしているように、

白血球が外来物に反応するように、

「お前はそれをするためにこの世に生まれてきたんじゃない」と身体の全細胞が訴える。

今書いているような、ハチャメチャな文章を書くことさえ許せなかった自分がいた。人が理解してくれないような自己流すぎる表現や想像をすることは、いつしか超現実主義に陥っていた私にとってタブーとなった。

でも、私はまたそんな自分を生き返したい。
ワタシを知られることをことを怖がらない。