共感覚 時間

【共感覚?時間的空間について】デジタル時計が私の人生を破滅させようとしているのをやっと気付いた話

こんにちは、メリーランド大学での2週目が終わろうとしてうきうきなノエルです。

金曜日に学校行かなくてもいいように予定を組んだので、木曜日の今日がラスト。

月曜日が祝日だったので3日しか学校に行ってません。

今日はキャンパス内の、メディアを扱っている図書館(書物がないけれど図書館)での最初のシフト。

ほぼフロントデスクでの受付係なので課題とかができるんです。

さて、今記事のタイトルは少々大げさに感じられるかもしれませんが、私は本気です!

スマホとパソコンの普及によるデジタル時計の一般化が私の人生を生きづらくしていたのです。

どのように生きづらいのか、となぜそう思うのかという私なりの考えを綴っていきたいと思います。

 

時間は私の空間を一部占領している

時間を考えるとき、自動的に時間が見えます。

強いて言えば「共感覚」っていう名前が付いているらしい。

時間が見えるとはいっても目で見る視覚とは違う感覚です。

でも、頭の中の空想ともちょっと違っていて、見ている感覚と「感じている」感覚が混じったものです。

常に私の体の周りには、ある意味バーチャルリアリティーみたいな透き通っている時間が浮遊しています。

いつも一緒。

考える時間の種類によってみんなそれぞれ形と色があります。

Screen Shot 2017-09-07 at 8.15.37 PM

年(1年ではなく複数)を考えるときは、一年一年がうねうねしています。

年をとるにつれて視点が変わったり、年の面積も変化します。

年が一番ビビットな色をしているかも。油絵みたいに見える。

私にとって20歳という境目が、視点の境界線にもなっています。

20歳までは斜め上を見上げている感覚だったのに、今はもっと平行で前も後ろも見える状態。

これは日本で生まれ育った文化的背景の影響も大きいのかな、と思ったり。

共感覚 時間

月、と言っても1月から12月までのことです。

これが一番私の中で出てくるイメージかなあ…。

1月から12月までが三次元体にドーナツ状繋がっていて、私は透明(科学的な意味で)なドーナツの穴の中にいます。

(上の画像はなんとなくわかって欲しいために描いたものなので、色とか配置は正確ではありません。)

視点が変わることは後ほど説明しますが、あえて言うなら「0」の位置があります。

必ず戻る位置とでもいいましょうか、基本の位置です。

私の胸あたりからまっすぐ前に伸びた延長線上に、左側に1月、右側に12月を区切る境界線があります。

1月から反時計回りに2月、3月と順に続いていきます。

、とここで4月から7月くらいまでは体の後ろにあるから見えないじゃないかと思いますが、さっき言った「視点が変わる」の概念はここで出てきます。

リングの中から見える景色しか見えないわけではないのです。

「0」の位置はリングの中から見ているのですが、それとは別に、リング上からの景色も見えるようになっています。

今は9月なので、左に8月、右には10月が見えます。

リングは透視できるのでそのまた奥の7月と11月も薄く見えます。

まあ、自由自在に視点は操れるので見えない月はないんですけど、無意識的に現れるのは以上の景色です。

月それぞれに性格も色もついているのですが、それはここでは関係ないから割愛。

週(曜日)

こいつは帯状。左から右に流れる。

週カレンダーに似てる。

ただし、過去にも未来にもいつまでも続く。

上の「年」は遠い過去や未来を考えるときに出てくるのに対して、比較的近い過去や将来のことを考えるときにこいつは思い浮かんできます。

こーれーが、また違う。

今までのは比較的規則性があったのに対して、1日単位で考えるときはとっても不規則なんです。

頭の斜め上前あたりにぽやんと色とりどりに綿毛が集まったようなものがたくさんいるんです。

 

Screen Shot 2017-09-07 at 9.39.52 PM

 

予定が多ければ多いほど埋め尽くされる。

あと、体が物理的に圧迫感を感じるんです。

本当に存在しているかのように。

この性質が「デジタル時計に人生を破滅されそうになった」理由だと思っています。

ちなみにこの記事(本当は計画を立てるのが嫌いな私・予定に脅迫されていると感じる理由)にも当てはまる。

 

デジタル時計が苦手である真相

デジタル時計とアナログ時計の違い

デジタル時計は、数字しか現れません。

そこには空間も面積も、ほかの概念は「数字」であること以外何もありません。

12:00に予定があるとして、現在11:15。

引き算で45分をだして次の行動を考えます。

それに対してアナログ時計は、面積がある。

同じ時間で考えると、少なくとも私はあの円グラフの3/4の面積を見て、大体あとどれくらい時間があるかを感覚的に理解します。

スマホの普及によってほぼデジタル時計しか見なくなったときの変化

デジタル時計が時計として普及されるようになった頃から違和感はありました。

しかし気がついたのはほんと最近。

2年前大学に通い始めて、一人暮らしをするようになってからの話です。

スマホがあるのでそれで時間を常に確認する毎日。

ん?

なんか焦ってること多くなった?

でも、そのときは何が原因だったかは分からず…。

転機となったのは兄に腕時計をもらったこと。

もちろんアナログです。

最初は、ただデザインが好きなのと、大切な人からの贈り物だという理由でつけていました。

……………。

あれ、なんだか昔の時間感覚に戻ってる。

わたし、焦ってない。

そう。わかったんです原因が。

時間の感覚が、デジタル時計ではわからなく、正確に時間を読むことができなくなっていたのです。

間違えるのが怖いから余分に時間を余らせて結局無駄にしたり、逆に遅れてしまったり…。

ですが、アナログ時計だときっちり時間の感覚がわかるので無駄なく計画が立てられます。

「……………………………………!!!!!!!!!!!」

これだ!これだったのか!!!

気づいたときは宝くじに当たったかのような歓喜に包まれました。

だって、これから生きていく時間をこの腕時計だけで何万時間も有効に使える手段を得たんですよ?

いやあ、アナログ時計、大好き。

 

最後に

兄の贈り物からの思わぬ発見。

そしていかに自分の中で時間と空間が強く繋がっているかの気づき。

これを知ってからパソコンの右上の時計はもちろんアナログ設定に。

そしてつけない日もあった腕時計は毎日つけるように。

この発見のおかげで学校の課題や、仕事を無理なく時間内に終わらせられるようにもなりました。

わたしは、もし全ての時計がデジタル化されてもこれから一生アナログ時計とともに生きていくでしょう。

時間を目で、肌で感じる共感覚を持つ身としての新しい生き方をこれからも作り上げていきたいです。

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中